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名古屋地方裁判所 昭和56年(ヨ)659号 判決

原告

日本硝子株式会社

被告

株式会社ビイハウス

主文

1  本件申請を却下する。

2  申請費用は債権者の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  債権者

1 債権者は、別紙物件目録記載の密封びんを製造し、販売し、販売のため展示してはならない。

2  申請費用は、債務者の負担とする。

2  債務者

主文1、2項と同旨

第2当事者の主張

(債権者の申請の理由)

1  債権者は、昭和25年9月、旧日本硝子株式会社(昭和11年設立)を新日本硝子工業株式会社(債権者)と新日本硝子株式会社に分割して設立され、翌26年11月社名を日本硝子株式会社と変更したものであり、各種びんの製造販売を業とするびんの総合メーカーである。

債務者は、昭和51年11月設立され、インテリア雑貨、服飾雑貨、台所用雑貨、食器類の企画、製造、販売等を業とする会社である。

2  債権者は、次の実用新案登録出願人として、出願公告により、実用新案登録出願に係る考案の実施をする権利を専有する。

1 考案の名称 密封びん

2 出願日 昭和50年7月22日

3  出願番号 実願昭50―100880号

4  出願公開の日 昭和52年2月7日

5  公開番号 実開昭52―17262号

6  出願公告の日 昭和56年4月22日

7  公告番号 実公昭56―17338号

3 本件考案の技術的範囲

1 登録請求の範囲

右出願の公告公報記載の実用新案登録請求の範囲の記載は、

「広い口部を有するガラスびん本体と前記びん本体の口部とパッキングを介して密封するよう形成されたガラス蓋とを備える密封びんにおいて、前記ガラスびん本体の首部の囲りに設けた凹所内に係合された環状の帯金が突出部と二つの延長端部とを有し、また前記蓋の環状の溝に係合された蓋保持リングが突起と弾性を有する二つのL字状部材とを有し、前記帯金の突出部に断面がコ字状のバックル金具を回動自在に軸支し、また前記帯金の延長端部先端の孔に保持リングの弾性を有するL字状部材の先端折曲部を挿入してヒンジ軸となし、バックル金具に揺動自在に取付けたフックを前記リングの突起に係合してバックルを締付けることによりびんの完全な密封が確保され、また前記帯金と保持リングとがそれぞれガラスびん本体と蓋とに埋込んで係合されることを特徴とした密封びん」

であった(別紙公告公報参照)ところ、債権者は、昭和57年1月25日付手続補正書(実用新案法13条で準用される特許法64条1項3号所定の「明瞭でない記載の釈明」を理由とする補正)をもって、右登録請求の範囲中、「弾性を有する」L字状部材とあるを「弾性を有しかつ逆止弁的作用を生ずる」L字状部材と補正した(以下「出願公告後の補正」という。)ので、右出願の公告後の補正にかかる登録請求の範囲は、次のとおりとなった。

「広い口部を有するガラスびん本体と前記びん本体の口部とパッキングを介して密封するよう形成されたガラス蓋とを備える密封びんにおいて、前記ガラスびん本体の首部の囲りに設けた凹所内に係合された環状の帯金が突出部と二つの延長端部とを有し、また前記蓋の環状の溝に係合された蓋保持リングが突起と弾性を有しかつ逆止弁的作用を生ずる二つのL字状部材とを有し、前記帯金の突出部に断面がコ字状のバックル金具を回動自在に軸支し、また前記帯金の延長端部先端の孔に保持リングの弾性を有しかつ逆止弁的作用を生ずるL字状部材の先端折曲部を挿入してヒンジ軸となし、バックル金具に揺動自在に取付けたフックを前記リングの突起に係合してバックルを締付けることによりびんの完全な密封が確保され、また前記帯金と保持リングとがそれぞれガラスびん本体と蓋とに埋込んで係合されることを特徴とした密封びん。」

2 本件考案の特徴

保存食を作るための従来の密封びんは、パッキングを内部に備えた金属製の蓋をガラスびん本体にねじ込んで密封するものであるから、殺菌のために煮沸するとか酸性の食品などの厳しい条件のもとでは、銹が発生し、長期間の使用に耐えることができなかった。

本件考案の密封びんは、前記の構成により、右の欠点を除去し、ガラスびん本体とガラス蓋とが一体となって自由な開閉を行なうことができ、またびんの完全な密封が達成され、美観上好ましく、更に耐久性が非常に良好である。

3 構成要件

本件考案を構成要件に分説すると次のとおりである。

a 広い口部を有するガラスびん本体とこのびん本体の口部とパッキングを介して密封するよう形成されたガラス蓋とを備える密封びんであること

b びん本体の首部の囲りに凹所が設けられ、この凹所に環状の帯金が係合されており、この環状の帯金は突出部と二つの延長端部とを有すること

c びんの蓋には環状の溝が設けられ、この溝に蓋保持リングが係合されており、このリングは突起と弾性を有しかつ逆止弁的作用を生ずる二つのL字状部材とを有すること

d 右帯金の突出部に断面がコ字状のバックル金具を回動自在に軸支していること

e 帯金の延長端部先端の孔に蓋保持リングの弾性を有しかつ逆止弁的作用を生ずるL字状部材の先端折曲部を挿入してヒンジ軸としていること

f バックル金具に揺動自在に取付けたフックを前記リングの突起に係合してバックルを締付けることによりびんの完全な密封が確保されること

g 前記帯金と保持リングとがそれぞれびん本体と蓋とに埋込んで係合されること

4 債務者の製品

債務者は昭和53年ごろから密封びんの製造販売を始め、現在では別紙物件目録記載の密封びん「エアータイトジャー」(以下「イ号物件」という。)を製造販売している。

イ号物件は別紙物件目録記載のとおりの構造であるので、次の要件を具備している。

a' 広い口の陶器製びん本体1とびん本体1の口部2に合致するよう形成された陶器性の蓋14があり、蓋14に形成された傾斜した係合面16にパックング18が嵌込まれ、このパッキング18が外れることのないように、蓋14の下部に突起17が設けられており、このようにパッキング18を介してびん本体の口部2を密封するよう形成された蓋を有する密封びんである。

b' びん本体1の首部の囲りには凹所3が設けられ、凹所3にはこの輪郭部に沿うよう環状に形成された帯金5が係合されており、環状の帯金5の前方には突出部6が設けられ、またその後方には二つの平行な延長端部11が設けられている。

c' 蓋14には、蓋保持リング19が嵌込まれる環状の溝15が設けられ、溝15に蓋保持リング19が嵌め込まれており、保持リング19の前方には、先端が僅かに上を向いたコ字状の突起20が設けられ、またその後方には、弾性を有しかつ適度に低くすることにより逆止弁的作用を生ずる二つのL字状部21が突出している。

d' 帯金5の突出部6には、断面がコ字状のバックル金具7が軸8により回動自在に取付けられている。

e' 蓋保持リング19の弾性を有しかつ逆止弁的作用を生ずる二つのL字状部21の先端は鉤状に曲げられ、帯金5の二つの延長端部11の先端に設けられた孔に挿入されて、ヒンジの軸22を構成する。

f' バックル金具7には、軸8より下方に孔10が設けられ、フック9が孔10に回動自在に取付けられており、蓋14を閉鎖し、バックル金具7を持ち上げると、フック9を保持リング19の突起20に掛けることができ、この状態で持ち上ったバックル金具7を押し下げて締付けることにより、びんの完全な密封が達成される。

g' 帯金5はびん本体1の首部の凹所3に嵌め込まれ、保持リング19は蓋14の環状の溝15に嵌め込まれ、それぞれびん本体1と蓋14とに埋込んで係合されている。

5 イ号物件と本件考案との対比

1 イ号物件の構造におけるb'c'd'e'f'g'の要件は、それぞれ本件考案の構成要件b、c、d、e、f、g、と同じである。

そこで、イ号物件の構造をおけるa'の要件と本件考案の構成要件aとを対比すると、

「広い口部を有するびん本体とこのびん本体の口部とパッキングを介して密封するよう形成された蓋とを備える密封びんである」

という点では両者は一致し、僅かに検討を要するのは、陶器製のものも本件考案にいうガラスびんとガラス蓋に該当するかどうかの点だけである。

2 構成要件aにおける「ガラス」

本件考案は、明細書の考案の詳細な説明によれば、殺菌のための煮沸や酸性の食品などの厳しい条件下でも銹が発生しないで長期間の使用に耐え得るような、保存食品を作るための耐久性ある密封びんを得ることを目的とするものであるから、「ガラスびん」「ガラス蓋」といっても、必ずしも器体の内部まですべてガラスであることを要するものではなく、器体の内外表面がガラス層で覆われており、内部は強度的にガラスと同等以上のものも含まれるものというべきである。

3 構成要件aについては、右のように解することができるので、イ号物件におけるa'の要件は、本件考案の構成要件aに該当するということができる。

4 仮にそうでないとしても、イ号物件における釉を施した陶器のびん本体と蓋は、同じく窯業製品の中でも諸性質がガラス製に近いものであり、殺菌のための煮沸や酸性の食品などの保存用としても長期間の使用に耐えうる保存食用密封びんを提供するという作用効果においてガラス製と同一であるので、本件考案におけるガラスびん本体およびガラス蓋と置換可能であり、かつそのように置換することを出願時において当業者が本件考案の構成の記載から当然に考えうる程度のものであるから、本件考案におけるガラス製のものの均等物である。

5 以上のとおりであるから、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属するものといわなければならない。

6 仮処分の必要性

1 債権者の事情

債権者の創業は大正5年日本硝子工業株式会社の設立に遡る。同社はわが国における全自動機による製びん業界のパイオニアであり、これを母胎とし、その後幾多の変遷を経て、昭和25年に現在の債権者となった。このような経緯から、債権者は設立当初より業務用ガラスびんのトップメーカーとして現在に至っている。

債権者は昭和48年経営多角化のため、従来の中間製品のみの業態から脱して、新しく最終製品である家庭用日用品の製造販売を始め、昭和50年には、日用品部において考案した帯金を使用する密封びんを商品化し、セラメートの商標によりこれら日用品の販路の拡張に努めた結果、昭和55年度には家庭日用品の年間売上高は12億5,000万円に達し、この部門でも業界のトップメーカーとなった。そのうち密封びんの売上高は約60パーセントで最も多く、陶器製のものは販売が遅れたが、現在売上ではガラス製のものに比肩している。

このような情勢の中で、債務者は昭和53年からイ号物件である陶器製の密封びんの製造販売に力を入れたが、債務者では製造を外注に依存しているため品質管理が充分でなく、品質の劣るものがあるので、これが密封びん全般に対するイメージダウンとなり、また債権者の家庭日用品と同じ販売ルートにより販路の拡張に努めたため、債権者の懸命の努力により確立した販売ルートが乱され、単に密封びんだけでなく、債権者の日用品部門全体の売上にも悪影響が出て、債権者は甚大な損害を受けている。

2 債務者側の事情

債務者は昭和51年秋に設立され、デザイン関係を中心とする会社であり、現在では各種のテーブルウエア、ハウスウエアを取扱い、営業品目も多岐にわたっているが、その製造は外注に依存し、自社の人的物的設備は極めて小規模である。

本件密封びんの年間売上数量は100万本をこえると推定されるが、金具は三条市、関市等の業者に、びんの製造と組立は瀬戸市等の数社に外注している。このように営業品目も多く、また生産設備も有しないので、本件により製造販売を禁止されても、その影響は比較的小さいものと思われる。

3 債務者は昭和54年5月31日と昭和56年4月7日の二回にわたり警告を受けながら、いずれも何んの回答もせず、出願公告後も侵害行為を続けているので、製造販売等の禁止を命ずる仮処分命令の必要がある。

(申請の理由に対する債務者の認否)

1  申請の理由1項中、債権者に関する部分は不知。その余は認める。

2  同2項中、債権者が債権者主張の実用新案登録の出願人であることおよび右出願が債権者主張のとおり公告されたことは認めるが、債権者が右出願にかかる考案の実施をする権利を専有することは否認する。

3  同3項中1は認める。

同3項2中、本件考案の特徴の一つに美観上好ましい点が存することは認めるが、その余はすべて否認する。

同3項3は、前記補正後の実用新案登録請求の範囲を前提とする限り、債権者主張のとおりaないしeの要件に分説されることは認める。ただしbの「びん本体」とは「ガラスびん本体」と、cの「びんの蓋」とは「前記(すなわちガラス)蓋」と、gの「びん本体」とは「ガラスびん本体」と訂正するのがより正確である。

4  同4項中、冒頭部分は、債務者が現在債権者主張の名称を付した密封びん(イ号物件)を製造販売していることは認めるが、それを開始した時期は否認する。債務者が右密封びんの製造販売を開始したのは、昭和51年8月である。

同項中債権者主張のイ号物件の構造は、イ号物件が弾性を有しかつ適度に低くすることにより逆止弁的作用を生ずるL字状部材21を有する点は否認するが、その余は認める。なお、債権者はイ号物件のL字状部材をL字の角度および縦、横の長さ、針金の材質および太さ等の具体的数値をもって特定すべきであり、構造の特定としては不十分である。

同項中イ号物件の構成要件は、次の点を除き、認める。

b'の「びん本体」とは「陶器製ビン本体」であり、「帯金」は「板金」である。

c'の「蓋」は「前記(すなわち陶器製)蓋」であり、「リング」は「針金」である。

二つのL字状部材が弾性を有しかつ適度に低くすることにより逆止弁的作用を有することは否認する。

d'の「帯金」は「板金」である。

e'の「リング」は「針金」であり、「帯金」は「板金」である。

二つのL字状部材が弾性を有しかつ適度に低くすることにより逆止弁的作用を有することは否認する。

f'の「リング」は「針金」である。

g'の「帯金」は「板金」であり、「リング」は「針金」である。

5  同5項中本件考案の素材がガラス製であること、イ号物件の素材は陶器製であることは認め、その余はすべて争う。

6  同6項1中、債権者に関する部分は不知。債務者に関する部分は否認する。

同6項2中、債務者の成立時期は認めるが、その余は否認する。

同6項3中、債務者が債権者主張の日時に二回にわたり警告書を受け取ったことは認めるが、その余は否認する。

(債務者の主張)

1  1 債権者のなした前記公告後の補正は、「明瞭でない記載の釈明」を理由とするものであり、その具体的内容は、債権者主張のとおりであるが、右補正により登録請求の範囲に追加された「逆止弁的作用を生ずる」という技術的事項は、願書に最初に添付された明細書のどこにも見当らないし、また最初の明細書または図面の記載からみて自明な事項でもなく、全くの新規事項である。

してみると、「逆止弁的作用」を生ずるという新規事項を出願公告決定謄本送達後に追加する補正は、債権者のいう「明瞭でない記載の釈明」に該当せず、また仮に「明瞭でない記載の釈明」に該当するとしても、実質上実用新案登録請求の範囲を拡張または変更するものである。したがって、この補正は、実用新案法13条で準用される特許法64条1項または同法2項によって準用される同法126条2項の規定に違反し同法54条1項の規定により、出願手続上却下されるべきものである。

2  のみならず、「逆止弁的作用を生ずる」という文言は、作用効果を抽象的に表現したもので、具体性を欠き、物品の形状、構造または組合せを何ら特定するものでもない。してみると、この文言を明細書に追加補正することによって、債権者の意図とは正反対に明細書の記載がかえって不明確になり、補正後の本件出願の考案は、実用新案法5条3項および4項に違反し、独立して実用新案登録を受けることができない。

したがって、この補正は、前記特許法64条2項(但し、昭和53年の法改正前の規定)で準用する同法126条3項の規定に違反し、実用新案法13条により準用される特許法54条1項により出願手続上却下されるべきものである。

3  以上のとおり、債権者のなした出願公告後の補正は却下されるべきであるから、本件考案の登録請求の範囲は、右補正前の出願公告公報に記載された登録請求の範囲のとおりに解釈されるべきである。

2  ところで債権者は、本件考案にかかるガラス製密封びんを本件考案の出願日である昭和50年7月20日より約2ヵ月前から製造販売し、本件考案を公然実施している。

そして、このことは、申請外カラツ工芸株式会社(以下「カラツ工芸」という。)が昭和50年5月、債権者が製造した本件考案にかかるガラス製密封びんを申請外東邦株式会社から仕入れ、そのころこれを小売店およびデパートに販売したことから明らかである。

してみると、債権者の出願は、実用新案法3条1項2号により新規性を欠くものとして、同法13条により準用される特許法60条の規定により拒絶査定を受けることは明らかである。

さらに、本件考案は、出願日の約40日前に日本国内において頒布された刊行物にすでに記載されている。

すなわち、前記カツラ工芸は、前記密封びんの写真入り広告を申請外リビング研究社(後に「株式会社セレクト」と商号変更)発行の月刊誌「セレクト」の昭和50年6月号(実発行日6月10日)および同年7月号(実発行日7月10日)にそれぞれ掲載した。右広告に掲載された物品は、本件登録願添付図面と完全に一致しており、債権者の出願は実用新案法3条1項3号にも該当するから、これを理由に、同法13条により準用される特許法60条の規定により拒絶査定を受けることは明らかである。

3  したがって、以上によれば、債権者は、本件考案が昭和56年4月22日、出願公告されたことにより、形式的には仮保護の権利(実用新案法12条1項)を有することになるが、本件考案が拒絶査定を受けることが明らかであるから、形式的な仮保護の権利に基づいて差止請求権を行使することは、著しい権利の濫用であって許されるべきではない。

また、右事情に照らせば、均等論が成立する余地も全くないから、陶製のイ号物件がガラス製の本件考案に関する権利を侵害するものでないことも明らかである。

さらに、拒絶査定を受けることが確実な出願については、仮処分の保全の必要性が皆無であることも多言を要しないことである。

(債務者の出張に対する債権者の認否、反論)

1  債務者の主張1項中、債権者が出願公告後の補正をなしたこと、その理由および内容が債務者主張のとおりであることは認めるが、右補正が実用新案法13条によって準用される特許法64条1項および同条2項によって準用される同法126条2、3項の規定に違反することは争う。

すなわち、債権者がなした公告後の補正は、「明瞭でない記載の釈明」であって実用新案登録請求の範囲の減縮ではなく、しかも実質上実用新案登録請求の範囲を拡張しまたは変更するものでもないから適法なものである。

けだし、本件考案は、高温殺菌により保存食を作るための密封びんであるから、逆止弁的作用を有することを不可欠の要件としており、しかもこのことは、本件願書に最初に添付した明細書に明記されているところだからである。

2  同2項中、カラツ工芸が昭和50年5月に販売したガラス製密封びんが債権者の製造した製品であることおよびカラツ工芸が債権者の製造したガラス製密封びんの写真入り広告を債務者主張のセレクト誌上に掲載したことは認めるが、その余は否認する。

カラツ工芸が販売もしくは広告に掲載した右ガラス製密封びんは、本件考案にとって重要な逆止弁的作用を有しないものであるから、本件考案を実施するものではない。

すなわち、逆止弁的作用とは、通常の使用状態では完全な密封が達成され、高温煮沸時に内圧が上昇し、外圧との差が一定値に達すると開蓋し、脱気を生じ、その後速やかに閉蓋する作用のことを言うところ、本件考案は、殺菌のため煮沸し、保存食品を作ることを目的とするものであるから、右逆止弁的作用を有することを必須としており、本件考案においては、弾性を有し、閉蓋時の環状の溝より適度に低くされた二つのL字状部材がこの作用をなしている。しかるにカラツ工芸が販売もしくは広告に掲載した密封びんは、本件考案のものと一見外観が似ているものの、本件考案と異なり、二つのL字状部材が閉蓋時の蓋の環状の溝より低くないため、高温殺菌時の逆止弁的作用を有しないからである。

また、債務者は、右セレクト誌上に掲載されたガラス製密封びんの広告と本件登録願添付図面とが完全に一致する旨主張するが、ルームアクセサリー用商品としての単なる広告写真だけでそのように断定するのは早計である、

3  同3項は、イ号物件が陶製であることは認め、その余の事実、主張は争う。

理由

1  債権者が申請の理由2項記載の出願にかかる仮保護の権利を有すること、本件考案の出願公告時の登録請求の範囲の記載、その後になされた補正の理由とその具体的内容、補正後の登録請求の範囲の記載がいずれも申請の理由3項1記載のとおりであることはいずれも当事者間に争いがない。

2  本件考案につきなされた公告後の補正の効力

1 公告後の補正(疏甲22号証)中登録請求の範囲に関する部分は、「弾性を有する」L字状部材を「弾性を有し、かつ逆止弁的作用を有する」L字状部材と補正するものであることは前記のとおりであり、疎明資料(前記疏甲22号証)によれば右公告後の補正は、考案の詳細な説明の欄における「適度な弾性を有するため」を「適度な弾性を有し、かつ逆止弁的作用を生ずるため、びん内圧が高くなった場合自動的に脱気するので」と補正し「危険のないものである」を「危険のないものであり、また前記L字状部材が逆止弁的作用を有して外部から侵入する前に蓋を遮断するので外部から汚水等の侵入は防止される」と補正するものであることが認められる。

ところで、債権者が右公告後の補正をなすに至る経緯は、疎明資料によれば、次のとおりであることが認められる。

(イ)  債権者の当初の出願明細書(疏乙4号証)による出願は、昭和54年8月28日付を以って「バックルを締付けることにより密封を行うようにすることは公知である」ことを理由に拒絶理由通知(疏乙6号証)が発せられ、これに対し、債権者は、第1回意見書(疏乙8号証)および第1回補正書(疏乙9号証)を提出した。

債権者は、右意見書において、「本件考案の特徴(新規性)は、針金よりなる蓋保持リングの一部をL字状に曲げている点にあり、L字状に曲げた針金の弾性によって密封性が保持される。」と主張し、これに加えて、本件考案の密封びんの使用例として、高温高圧室に食品を詰めた密封びんを入れて殺菌する場合や、真空室に食品を詰めた密封びんを入れてびん内を乾燥させる場合を付加し、更に、本件考案にかかる密封びんの蓋を閉じたまま煮沸殺菌する場合は、弾性を有する保持リングのL字状部材によりパッキングが逆止弁の作用をなし、減圧できる旨の作用効果を附加主張した(逆止弁の作用とは、密封びんが密封状態において高温煮沸され、内圧が上昇し、外圧との差が一定値に達すると、開蓋し、脱気を生じ、その後速やかに閉蓋し、脱気分がびんに再び入らない作用をいう)。

右意見書に即応し、第1回補正書において「登録請求の範囲」の文言中「蓋保持リングが突起と二つのL字状部材とを有し」とある部分につき「蓋保持リングが」の次に「弾性を有する」との文言を補正し、「L字状部材とでヒンジ部を構成し」とある部分の上に「弾性を有する」との文言を補正し、かつ、考案の詳細な説明中に「蓋を閉じたまま煮沸殺菌しても、蓋保持リングのL字状部材が適度な弾性を有するため、びん本体の破裂等はない。蓋を密封したまま煮沸してもよい」旨の文言を補正した。

(ロ)  右第1回補正に対し昭和55年3月29日付で第2回拒絶理由通知(疏乙10号証)が発せられたが、その理由は、二つのL字状部材によりヒンジ部を構成することは引用文献に記載されており公知であるというにあった。

(ハ)  債権者は第2回意見書および第2回補正書(疏乙11、12号証)を提出したが、債権者は、右意見書において、本件考案の新規性を「本件密封びんのバックル部分は、びん本体の首部に取付けた帯金の突出部に断面がコの字状のバックル金具を回動自在に軸支し、バックル金具に揺動自在に取付けたフックを蓋保持リングの突起に係合するように構成したため、従来品より強度がある。」と主張し、第2回補正書で登録請求の範囲を右と同趣旨に補正した(別紙公告公報参照)。

(ニ)  昭和55年8月12日を以って第3回拒絶理由通知(疏乙13号証)が発せられたが、その理由は、びん本体のリング状金具に帯金を用いることについての新規性を否定したものであった。

(ホ)  債権者は、昭和55年11月10日付第3回意見書(疏乙15号証)を提出したが、その要旨は、本件考案は、弾性を有する二つのL字状部材と環状の帯金を取み合わせるところに新規性があるとなし、びん本体のリング状部分が針金であるものおよび蓋保持リングの先端が直線状であるものと対比し、その理由を述べたものであった。

(ヘ)  本件仮処分申請事件の審尋手続において、債務者から後記「セレクト」誌の昭和50年6、7月号の広告記事(疏乙17号証)が提出され、かつ、本件考案の登録異議申立事件において、異議申立人である債務者は昭和56年7月22日付で右広告記事を異議事件に証拠方法として提出した(疏乙20号証の2)。

(ト)  本件公告後の補正は、その後である昭和57年1月25日付でなされたものであるが、右補正事項は、当初の出願明細書(乙4号証)の登録請求の範囲、考案の詳細な説明の項および図面には、何ら記載されていなかった。

2 以上に認定した事実に基づいて検討するに、公告後の補正(「弾性を有する」L字状部材を「弾性を有し、かつ逆止弁的作用を生ずる」L字状部材と補正)は、弾性を有するL字状部材に逆止弁的作用を生じさせるとしたものであるが、このような機能をL字状部材が保持するという技術思想は、当初の出願明細書の登録請求の範囲、考案の詳細な説明の項および図面に全く記載されていなかったのであり、前記出願公告に至るまでの経緯からすれば、債権者は、本件考案の新規性を、弾性を有する二つのL字状部材と環状の帯金の組み合わせにあると主張し、審査官は、右主張を認め、出願公告決定をしたものであると解される。

してみると、公告後の補正は、出願当初の明細書に記載されていない新たな技術的事項の追加であり、また自明な技術的事項の補正とは言えないから、右補正は、債務者主張のとおり「明瞭でない記載の釈明」に該当せず、かつ実質的に見れば、登録請求の範囲を拡張または変更するものと解するのが相当である。

よって、右補正は実用新案法13条により準用される特許法64条1項3号に該当せず、かつ同条2項、126条2項にも違反し、同法54条1項により却下されるべきものである。

また、公告後の補正中考案の詳細な説明の項における補正部分も右と同様の理由により却下されるべきものである。

3  したがって、本件出願の実用新案登録請求の範囲は、公告公報に記載された実用新案登録請求の範囲のとおりと解するほかはない。

4  つぎに、カラツ工芸が債権者製造にかかる密封びんの写真入り広告を月刊誌「セレクト」の昭和50年6月号および同年7月号に掲載したことは当事者間に争いがなく、疎明資料によれば、右「セレクト」の昭和50年6月号および同年7月号の発売日は、同年6月10日および同年7月10日であることが認められる。

よって、進んで、公告公報記載の本件考案と右セレクト誌上に掲載された密封びん(その現物は疏乙21号証の写真のとおり)とを比較対照すると、右密封びんは、本件考案の構成要件をすべて具備していることが認められ、したがって作用効果も本件考案のそれと同一と推認できる。

5  してみると、本件考案は、出願前公知の考案であり、実用新案法3条1項各号に該当し、登録要件に欠け、同法13条、特許法60条により拒絶査定される蓋然性が極めて高いと言いうる。

6  前述したとおり、本件考案は、出願前公知の考案であり、登録要件に欠け、拒絶査定される蓋然性が極めて高いというのであるから、本件考案の開示は業界に対し、何ら教示するところなく、寄与するところもない。

このような実用新案にあっては、その登録請求の範囲は、公告公報に実施例として具体的に開示されたところに限定して解釈するのが相当であり、均等の理論を適用する余地ないというべきところ、仮にイ号物件の構造が公告公報記載の実施例と同一であったとしても、右実施例はガラス製品であり、イ号物件はガラス製品でなく陶器製品であることは、当事者間に争いがないから、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属するとは言えない。

7  以上の次第であるから、本件仮処分申請は、被保全権利の疎明に欠けるから、その余の点について判断するまでもなく却下を免れない。

よって、申請費用の負担については民訴法89条を適用して主文のとおり決定する。

昭和57年9月 日

(松本武 澤田経夫 加登屋健治)

〈以下省略〉

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